2012年09月30日
最後の羊蹄丸・・・
8月25日
翠波高原で撮影して そして 仁尾父母ヶ浜・・荘内半島を経由して
多度津へ・・
途中 庄内半島のフラパーク浦島で 終わってたひまわりを見て
あ~失敗した・・と
そんなことがありながら・・多度津に入り
ちょうど 解体前の青函連絡船羊蹄丸を見かけまして
ちょっと寄り道を・・
現実 今は・・というと
27日木曜日 仕事で この付近を通った時には
もうかなり解体されておりまして 姿もすっかり変わり果てておりました。
その一ヶ月前は
まだ ほとんど解体もされてなく

IMGP2210_0825 posted by (C)ぽんた
まだまだ 働ける~という 感じでした。
自分 同じ連絡線の 宇高連絡船には 何度も乗りましたが
自分自身の持ってる画像がありません・・

IMGP2212_0825 posted by (C)ぽんた
当然 当時はデジカメも無く インターネットも無い時代でして・・
撮るということも していなくて・・
同じように何度も乗ってた ブルートレイン時代の瀬戸も自分の画像がありません・・
あの当時に 今のような・・でしたら 間違いなく撮っていたでしょう

運命とは 不思議なもので・・遠く青森~函館間を航行していた 青函連絡船が
香川で解体というのは・・とも 思いました

IMGP2813_0825 posted by (C)ぽんた

IMGP2202_0825 posted by (C)ぽんた

IMGP2203_0825 posted by (C)ぽんた
今はJRとなってますが 国鉄時代のJNR・・
このロゴマークが子供の頃は特に好きでして・・
宇高連絡線にもありましたし 特急列車にも
細かくは 灰皿にも・・
これを 見ると懐かしい気持ちになります。

IMGP2204_0825 posted by (C)ぽんた

IMGP2205_0825 posted by (C)ぽんた
青函連絡船
自分は 乗ったのは一度だけあるのです。
何丸だった名前は 覚えておりません 乗った船の名は
大雪丸?だったような・・
乗ったのが 当時は高校生の時
早朝の宇高連絡線に乗り 新幹線で新大阪へ そして
当時 走っていた特急白鳥に乗り・・青森へ
青森に到着したのが もう深夜12時ごろだったので
暗くて 連絡線の姿は 暗くてまったく見えなくて・・・
4時間の函館の航海は 慣れないこともあり 気持ち悪くなったのを覚えております。
自分の撮った写真を 青函連絡船の当時の姿を見ると・・煙突が既に取り外されてて・・
それが ちょっと残念

IMGP2207_0825 posted by (C)ぽんた
ただ 解体の工場には 貨物列車に使われていた車掌車があって・・
国鉄の時の懐かしさも蘇りました。
撮影してたら たまたま 居合わせたおじさんも
この古びた車掌車が近くにあって 懐かしい連絡線・・これが いい感じだと
同じように思って撮られておりました。
もう 今は 見ることの出来ない・・そう考えたら寂しいものですね~
でも 遠く津軽の海から来た 羊蹄丸を見れたことは・・去り行く船でも うれしかったです。
青函連絡船は 調べてみると今でも青森にはメモリアルシップ八甲田丸 函館には青函連絡船記念館摩周丸として 今も残っているのですが・・
それに対して 宇高連絡線は 一隻も残っていない・・という
やはり 遺産として残すべきだったようにも思います。
可動橋と共に機械遺産44番というのにも指定もされたみたいですから 尚更・・
今 宇高航路の事については サンポートの旅客ターミナルビル3Fに展示されているので
訪れてみようかな~とも 思いました。
「ぽんたの撮影通信(本家)」
こちらも よろしくお願いします
写真共有サイト「写真部」こちらにも写真フルサイズで掲載中!
壁紙に使用可なので よろしければお使い下さいませ。
リクエストがありましたら追加しますので〜ハイ!

写真素材 - フォトライブラリー
こちらでも出品中!!ですよ~ん^^
林町の「ユーピー・ユーピー」さんに
ポストカードを納品中!!
当ブログで掲載した写真がポストカードになっております。
よかったら どうぞ^0^/
尚 撮影時の便乗についてですが 観光等で来られてて偶然に・・とか
個人のブログ等に使用する写真を撮影して または記念撮影して
楽しむのはいいのですが・・・
作品撮りの方(一眼レフなどで フォトコン応募などの目的での撮影)に関しては・・・
公的な場所の展示 及び フォトコンの応募については 関係者以外は原則 NGと致します。尚、常識を超えた長時間の便乗は 遠慮して下さい
すいませんが よろしくお願い致します。
翠波高原で撮影して そして 仁尾父母ヶ浜・・荘内半島を経由して
多度津へ・・
途中 庄内半島のフラパーク浦島で 終わってたひまわりを見て
あ~失敗した・・と
そんなことがありながら・・多度津に入り
ちょうど 解体前の青函連絡船羊蹄丸を見かけまして
ちょっと寄り道を・・
現実 今は・・というと
27日木曜日 仕事で この付近を通った時には
もうかなり解体されておりまして 姿もすっかり変わり果てておりました。
その一ヶ月前は
まだ ほとんど解体もされてなく

IMGP2210_0825 posted by (C)ぽんた
まだまだ 働ける~という 感じでした。
自分 同じ連絡線の 宇高連絡船には 何度も乗りましたが
自分自身の持ってる画像がありません・・

IMGP2212_0825 posted by (C)ぽんた
当然 当時はデジカメも無く インターネットも無い時代でして・・
撮るということも していなくて・・
同じように何度も乗ってた ブルートレイン時代の瀬戸も自分の画像がありません・・
あの当時に 今のような・・でしたら 間違いなく撮っていたでしょう
運命とは 不思議なもので・・遠く青森~函館間を航行していた 青函連絡船が
香川で解体というのは・・とも 思いました

IMGP2813_0825 posted by (C)ぽんた

IMGP2202_0825 posted by (C)ぽんた

IMGP2203_0825 posted by (C)ぽんた
今はJRとなってますが 国鉄時代のJNR・・
このロゴマークが子供の頃は特に好きでして・・
宇高連絡線にもありましたし 特急列車にも
細かくは 灰皿にも・・
これを 見ると懐かしい気持ちになります。

IMGP2204_0825 posted by (C)ぽんた

IMGP2205_0825 posted by (C)ぽんた
青函連絡船
自分は 乗ったのは一度だけあるのです。
何丸だった名前は 覚えておりません 乗った船の名は
大雪丸?だったような・・
乗ったのが 当時は高校生の時
早朝の宇高連絡線に乗り 新幹線で新大阪へ そして
当時 走っていた特急白鳥に乗り・・青森へ
青森に到着したのが もう深夜12時ごろだったので
暗くて 連絡線の姿は 暗くてまったく見えなくて・・・
4時間の函館の航海は 慣れないこともあり 気持ち悪くなったのを覚えております。
自分の撮った写真を 青函連絡船の当時の姿を見ると・・煙突が既に取り外されてて・・
それが ちょっと残念

IMGP2207_0825 posted by (C)ぽんた
ただ 解体の工場には 貨物列車に使われていた車掌車があって・・
国鉄の時の懐かしさも蘇りました。
撮影してたら たまたま 居合わせたおじさんも
この古びた車掌車が近くにあって 懐かしい連絡線・・これが いい感じだと
同じように思って撮られておりました。
もう 今は 見ることの出来ない・・そう考えたら寂しいものですね~
でも 遠く津軽の海から来た 羊蹄丸を見れたことは・・去り行く船でも うれしかったです。
青函連絡船は 調べてみると今でも青森にはメモリアルシップ八甲田丸 函館には青函連絡船記念館摩周丸として 今も残っているのですが・・
それに対して 宇高連絡線は 一隻も残っていない・・という
やはり 遺産として残すべきだったようにも思います。
可動橋と共に機械遺産44番というのにも指定もされたみたいですから 尚更・・
今 宇高航路の事については サンポートの旅客ターミナルビル3Fに展示されているので
訪れてみようかな~とも 思いました。
「ぽんたの撮影通信(本家)」
こちらも よろしくお願いします
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リクエストがありましたら追加しますので〜ハイ!

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当ブログで掲載した写真がポストカードになっております。
よかったら どうぞ^0^/
尚 撮影時の便乗についてですが 観光等で来られてて偶然に・・とか
個人のブログ等に使用する写真を撮影して または記念撮影して
楽しむのはいいのですが・・・
作品撮りの方(一眼レフなどで フォトコン応募などの目的での撮影)に関しては・・・
公的な場所の展示 及び フォトコンの応募については 関係者以外は原則 NGと致します。尚、常識を超えた長時間の便乗は 遠慮して下さい
すいませんが よろしくお願い致します。
Posted by ポンタ at 20:47│Comments(0)
│多度津町